たいわ士なのに赤ちゃんの声を聴かない理由

こんにちは。

長女専門たいわ士

古瀬郁江です。

<たいわ士>というと

<胎児や赤ちゃんとお話をする>

というイメージが湧くのではないでしょうか。

私もお腹の中の息子とたいわをしていましたし

たいわ士になって数年間は

お仕事として赤ちゃんとお話もしていました。

しかし現在は

その一切をやめました。

そこには私の大きな想いがあるから。

今日はそんな話をしていきます。

息子がお腹の中にいるとき

何度も伝えてくれていた言葉があります。

「それで、ママはどうしたいの?」

何かに悩んだとき

息子の意見が聞きたい。

でも彼は答えをはっきりと

言ってくれないのです。

決して意見がないわけじゃないし

彼の答えはハッキリ出てる。

それもママはわかってるよね?

なのになんで聞いてくるの?

「それで、ママはどうしたいの?」

息子!!!南国が似合うぞ!!!

息子が生まれ、たいわ士としてお仕事を始めたとき

多くの悩めるお母さんと赤ちゃんに出逢いました。

「この子のためにこうしたいと思ってるのだけど

本人は望んでいますか?どう思っていますか?」

「今の状況だとこの選択で仕方がないとわかってるけど

私のこの選択で合ってるんでしょうか?」

「泣いてる理由がわかりません

この子はどうして欲しいのでしょうか?」

そんなやり取りを繰り返していくうち

何か大きな違和感を感じるようになったのです。

赤ちゃんたいわをしたママが言う言葉

「この子がこう言っていたんです」

言葉をしゃべれない赤ちゃんが

なんて言っているのか

はっきり言って証拠なんてありません

信じるか信じないかの話だけなんです。

だからこそ

救われることもあるし

使い方を間違えば落とし穴にハマる。

<この子がそう言っていた>

この言葉の裏に隠れているのは

<だからもしその選択が間違っていても私のせいじゃありません>

私の違和感の原因はここでした

そんな在り方こそが

すべての問題を作り出していると気がついてしまったのです。


マジかよー!そういうことかー!

自分で決められない自分

自分でその責任を請け負えない自分

それはなぜ?

何が怖いの?

子どもがどう思っているのかよりも

子どもの意見にすがりたくなる自分

それこそが本来向き合う部分。

お腹の中の息子は

そんな私の在り方を見抜いていたのかもしれません。

私が考え

私が決めたことに

彼が反対することはありませんでした。

彼が反対する時

それは彼に意見を求め

私が責任を放棄した在り方の時だけ。

あなたが決めて行動したこと

そこには正解も不正解もない。

ただ<結果>が残るだけ。

それは次の選択の幅を広げる

とても尊い経験。

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