親を亡くす時期

こんにちは。

たいわ士、古瀬郁江です。

みなさま明けましておめでとうございます。

2019年も私のリアルなたいわを

綴っていきたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。

(大晦日、10時半に撃沈する息子)

親が亡くなるというのは

特に病気や事故がなければ

自分が40~50代くらいになってから

直面するものなのじゃないかと思います。

それまでに出会う死別は

祖父母くらいでしょうか。

そうなると、

「いつまでもあると思うな親と金」

の言葉通り

存在することが当たり前

消えて無くなるなんて

理屈ではわかってるけど状態。

私、この

「いつまでもあると信じて疑わない」

という状態って

とても大切なんじゃないかと思います。

大好きなお父さんお母さんが

いつもそばにいてくれる

会いたくなったら会いに行ける

困った時は助けてもらえる

実際にそうするかは別として

心の片隅に

揺るがない安心や

自分にとっての安全基地が

間違いなく存在すること。

それを感じながら

自分も子育てできることは

すごく幸せなんじゃないだろうか、と。

私は3歳に母を

9歳で父を亡くして

父を亡くした時に

絶望しました。

すべての望みが絶たれたような

最後の心の拠り所を奪われたような

信じていたものが

目の前で崩れ去るような。

親という存在は

子どもにとっては

「愛」

の象徴です。

愛を与えることも

愛を受け取ることもできる

どんな愛の形であっても受け止めてくれて

いろんな愛の形をあたえてくれる。

絶対にそこに存在する愛。

その「愛」が

与えても受け取ってくれない

受け取りたくても存在しない。

それは

子どもにとっては

耐えがたいこと。

私の中にある

「この愛はいつか消えてしまうのではないか」

という恐怖は

そう簡単には消えることはありません。

長女が小さい時には

「将来この子が私の手元から離れてしまうこと」

が辛くてたまらなくて

「15になったら家を出て欲しい」と

言っていたものです。

「向こうが勝手にいなくなる」

のが怖くてたまらないから

「私がその時を決めたい」

と思っていたんですね。

最初から

この愛は期間限定だと

自分の心に言い聞かせていました。

姉との間にも

同じように強烈な喪失体験があります。

当時大学生だった姉が

流行っていた自己啓発セミナーにはまり

家に帰らなくなるようになって

日々衝突が絶えなくなりました。

今までの面白くて楽しいお姉ちゃんが

今まで見たことないような人相になり

言ってることもやってることも別人で

「私の知っている姉」が消えました。

私が高校3年生の時です。

その時に

私が唯一頼りにできる肉親

全てを失いました。

天涯孤独とはこういうことか。

「望みを持って裏切られる辛さ」を

もう二度と味わいたくないと

一人で生きる覚悟を決めました。

それは諦めにも近かったかもしれません。

生きていく上で負った傷は

消えてなくなることはありません。

私が両親を亡くした悲しみは

何年たっても私の心にあります。

姉との関係が変化したあの時の悲しみも

間違いなくあの時感じたものです。

過去の現実を

そのまま消し去ることは

人生そのものを否定すること。

辛い出来事であっても

その出来事を乗り越えて

歩いてきた「今」だから。

大切なのは

これからどうしたいかだけ。

この傷を大切にしながら

どう生きていきたいのか。

前に行ったり後ろに行ったり

間違ってみたりやり直してみたり

そんな積み重ね。

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