家族は私を殺す悪魔

こんにちは。

世界をホームグラウンドに生きる

たいわ士、古瀬郁江です。

日本の冬。

寒さだけは苦手ですが、

バリでは出来なかった楽しみといえば

「保存食作り」

我が家のベランダには現在

漬物用の大根が干ささっておりますよ。

(干ささる→北海道弁)

夏に仕込んだ梅干しも美味しく仕上ったし

今年はお味噌も5年ぶりに仕込む予定です。

あーワクワクするなぁ♡

(さぁ久々に君の出番だ!)

さて。

10月前半のバリ行きから向こう、

心がもやもやしていまして。

バリでは全然自分の時間を過ごせなかったんです。

これは自由時間という意味ではなくて

心の声に従った自然な時間の流れに乗れなかった

ということです。

先月末、ようやく自分とたいわをしたら

すごい言葉が出てきました。

今年の2月に出てきた声と同じくらいの衝撃です。

2月に出てきた驚きの言葉はこちら
満月で気がついた、ずっと捨てたかったもの

「バリでは自分らしくいられなかった。

家族のために自分を殺した。

ここだけは私の場所だと信じていたのに、

なのに、ここにまで家族という悪魔が追ってきた。

家族は私を押さえつけ、殺す生き物なんだ」

!!!!!

心の奥底にある家族というものの前提。

そうかーそう信じていたんだなぁ。

10月からスタートしてるマインドリセット講座。

講座生にもグループページでシェアしたんだけれど

その中で

「家族が悪魔だという本音が見えて

郁ちゃんは罪悪感が沸かないの?」

という質問がありました。

全くないです!!!

むしろ

「私の本音を知れた」という嬉しさと

「私の本音を知ってもらえた」という安堵感

の方が大きい。

「そんな風に信じてしまうほど辛かったんだなぁ」

って思う。

その寄り添いをすっ飛ばして

「そんな辛いことがあったから

今の私はこんな風になれたんだよ」

プラスの思い込みに書き換えたり

「家族は悪魔という現実より

家族は私を応援してくれる存在の方が良いよね」

と、すぐにマインドを変えるのは

そこに至るまでの私を

否定してしまうと私は思うんだよね。

だってさ、

ずーーーーっと見ないフリしてた自分だよ?

ずーーーーっと気がついてもらえなかった自分だよ。

例えば。

迷子になって何時間も一人で不安な思いをして

やっとママと会えた時の第一声が

「これで迷子になったらダメだってわかったでしょ?」

「誘拐されなくてよかったね」

だったら心にモヤモヤ残るよねぇ。

「よかった!心配したよ!

怖かったでしょう?もう大丈夫よ!」

ってママに抱っこされたいよね。

「上手くいく方法」や「すぐに変われる方法」

は存在するかもしれない。

軽度の傷ならいいけれど

人生の大部分に影響を与えている深い深い心の傷は、

「上手くいく方法」や「すぐに変われる方法」

では新しい傷をつけてしまうことだってある。

心の傷は、体の傷と同じ。

ザックリ切られた傷口は

パックリと開き

中の肉が見えている。

その無防備な傷口が

少しの刺激でも激痛の走る傷口が

「愛」から出来たとわかったら。

影が光に変わっていくんだよ。

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