日本人が日本人としての素晴らしさを発揮して生きていくために

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こんにちは、古瀬郁江です。

先月の30・31日に、

メルマガで募集したたいわHOW TO講座の0期生さんに、

モニター講座を開催しまいした。

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大枠のできた講座内容を、

実際に受けていただいてフィードバックを頂くというもの。

私の中で「こうじゃないかな?」と思っていたことが、

みなさんのお話を聞いて確信に変わったことがあったので、

今日はそのお話を。

私たちって、

「お友達には優しくしなさい」

って耳にタコができるくらい言われてきました。

兄弟喧嘩も同じ。

で、私は今の日本を眺めていて、

「人としての道徳」が

意味や理由を置き去りにしたまま、

その外側だけ継承されている感じを得ています

「困った人には手を差し伸べる」

「バスで席を譲る」

「人を押しのけて先へ進まない」

など、

当たり前に私たちが心に抱いてるもの。

(行動するかしないかはここではどちらでも良い)

そうする人が「正しい」生き方で、

できていない人は「間違った」生き方、

みたいな。

人に優しくするのがデフォルト。

できない人はその存在そのまま否定。

みたいな。

(きっとずーっと昔の日本人であれば、
できていない人たちを避難することはないと思うんだ。
発展途上な人に上手に気付きを促し、見守るんじゃないかと思う)

子育てをしているお母さんと関わることが多いけれど、

お母さんもここに陥って苦しんでいる人が多い。

家族のために

子どものために

母として

親として

こうするのが当たり前

こうしないとダメな母親

自分の心はほっぽらかして、

人のために頑張って。

私はそうじゃないと思う。

現代の、

「人のために」という生き方は、

近い過去の中で築き上げられた、

「エセ日本人マインド」

だと思っている。

本来は、

私が私を大切にして、

その存在を否定することなく、

努力も頑張りも認めた上で、

「皆様のおかげ」

と心から思えるもので。

自分の中に私が所在して、

自分の行動を私が認めて、

自分の努力を私がねぎらって、

自分の中心にある私の心が満ちているから、

周りの人にも優しさを配ることができる。

このプロセスを、

たった一つのプロセスを、

経ているか否かで、

行動は同じでも、

現実は180度異なる。

満ち足りていない私の優しさには、

必ず見返りがセットになっている。

満ち足りている私の優しさには、

感謝がセットになっている。

きっと、

昔々の日本人は、

そんな生き様だったんだろう。

「大切な人たちのために、私を大切にする」

それは決して、

独りよがりでもなく、

わがままでもなく、

自己中心的でもなく、

人が人として、

互いに支えあって生きていくために、

最低限備えておかなくてはいけないスペック。

私の中を自分で満たす。

私の中が空だから、

誰かに埋めてもらおうと期待や依存をするのだから。

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