好きなこと、ワクワクすることが見つけられない時

こんにちは。

バリ島在住たいわ士、ふるせいくえです。

今日は「ワクワクすることの探し方」の話です。

好きなことをして稼ぐ

ワクワクを選んで生きる

この考え方がかなり浸透しまして、

あっちを見ても「私の好きって何?」

こっちを見ても「ワクワクすることって何?」

と、迷える子羊が溢れかえっております。

(あっちもこっちも)

そんな私も、

「私がワクワクするようなことって一体なんだろう?」

と考えていました。

おかし作りは得意だけどワクワクする!とは違うし、

子どもの発達について知るのは、もう落ち着いたし、

たいわもワクワクって感じではないし、、、

ワクワクって一体なんだよこのやろー!

ってなってました。ぶっちゃけね、はい。笑

(うおおおおおおおおりゃあああああ!!!)

んで、

あまりにそういう人が多くって、

人生で心がフワッフワ浮いちゃうようなワクワクを見つける人はごく少数、

なんじゃないかという仮説。

もっと掘り下げていきましょう。

先日Twitterを眺めていた時、

そこにはフレンチレストランに食事に行ったというツイートがありました。

その人のレストランで満足したポイントが書かれてて、

(確か最高級の食材や、お店のしつらえだったような)

それを見ながら「私とは違うなー」と思ったんですね。

私がレストランを気に入るかどうかのポイントって、

質云々よりもどうしたって美味しいかどうかだよな。

そうなるとおのずと質の良いお店になるだけだよなーって。

で、だからと言って相手を責めるわけでもなく、

私の意見を押し付けたくなるわけでもなく、

でもやっぱり私は誰がなんと言おうが美味しいお店で食べたい。

そこは譲れないなぁ、なんて考えていたわけですよ。

そこでハタと気がついたわけです。

「好きって、こだわりじゃないか!」と。

(そういうことかーーーー!!!)

最近の情報を眺めていると、

とにかく好きなことを仕事にするとか、

ワクワクしてたらすべてうまくいくとか、

そんなのばっかりじゃないですか。

じゃあなぜ好きやワクワクを見つけられず、

ぐるぐる迷路にはまってる人がいるのかな?

そういう人たちの譲れないこだわりって何かな?

そう考えてみたんです。

そこで私が出した答えは、

「自分が出す答えが正解かどうかがきになる」

「間違いたくない」「失敗したくない」

というジャッジメントだ!!!と。

ワクワクを見つけられない人は、

正しい答えを出したい。正解したい。

きっと根っこにジャッジメントが隠れている。

だからここで言う「ワクワクを見つけられない人のワクワク(こだわり)」は、

「すべての物事をジャッジすること」になる。

だってジャッジしたいんだもーん!

これ正解!これ間違ってる!私が真実! I am justice!

ジャッジメントが好きなんだから、

ジャッジメントする自分を満喫したらいいってことですね。

(はい、それアウトー)

いや、冗談のように聞こえるかもしれないけど、

言ってる私はいたって真面目です。

ジャッジを大切にしてるからこそ、

「ワクワクで生きられない人間はダメ」ってジャッジして、

ダメな方に自分がいることに苦しんでるんですよね。

結局ね、

「心おどるワクワクを感じられる人」ってのは、

ジャッジから解放されてる度数がめちゃめちゃ高いんです。

でもジャッッジメントが好きでこだわってる人は、

好きなのにもかかわらず「ジャッジはダメ!」って思ってる。

「ケーキ大好きだけど太るから悪ー!」って言いながらシュークリーム食べてる。笑

そりゃ満足しないわなぁ。

満足しないからまた食べたくなるわなぁ。

いつまでもそこから抜け出せないわなぁ。

だから。

ジャッジメントが好きなんだから、

もうそれを認めちゃいましょう。

そしてとことんジャッジして生活する!

ひたすらジャッジしまくる!

自分の正論を自分で誉めたたえる!

「やっぱ私すげーな!さすが!」ってジャッジする!

考えの違う人を「だからあいつはバカなんだよw」ってジャッジする!

(相手に直接伝えてもいいですが、確実に嫌がられるのでオススメしません)

そんなことをやってるとね、何が起こってくるのか。

どんどん見えてくるのです。

私が何を大切にしているのかが。

人生でこれだけは譲れない何かが。

それが見つかるまで、ジャッジにOK出して、

ジャッジ生活を大満喫しましょう。

だってワクワクすることなんだから。笑

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