まだまだ母親であることに囚われていた話

こんにちは。

バリ島在住たいわ士、ふるせいくえです。

人の振り見て、とは言いますが、

目の前の人を通じて自分自身を知ることって沢山ある。

「子どもがまだ小さいでしょう」

「子育てしながらだと大変でしょう」

ふともらった一言に、心がざわついた。

「そんなことないけど!」と反発したくなる自分がいた。

言い分並べて反論したくなる自分がいた。

でも、静かに静かに揺らぎの中心を見ていったら、

私の中に「母親だから」に囚われていた姿が見えた。

「母親とか関係ない!」

と反論する私の中心には、

「母親だから無理」

って言い訳する自分も同居してた。

「母親だから、父親だからなんていう括りは手放した」

と思っていたのになぁ。

まだ居たんだなぁ。

「母親として」は随分なくなったけど、

「母親だから」は少し残ってる。うん、確かに。

「子どもたちがいなければ」

と思うことって日常でいっぱいあるもの。

「子どもたちがいなければ」

夜お友達と飲みに出かけられるのになぁ。

日中の時間を自分のためにいっぱい使えるのになぁ。

家の中が汚れずに心地よくキープできるのになぁ。

飛行機代も安くもっと日本と行き来できるのになぁ。

アジアだけじゃなく世界中もっと旅に出れるのになぁ。

自分のものにもっとお金をかけられるのになぁ。

。。。

あった。あったよ。

で、やっぱりそれって、私のインナーチャイルドの声だ。

女って損。

女って無意味。

女ってダメ。

女の私は居ちゃダメ。

男の子が欲しかった、って思ってたんだって。

男の子みたいに育てたんだって。

男の子みたいな服ばかり着せられてたしね。

あぁ、女に生まれちゃってごめんなさい。

頑張って男の子みたいになるよ。

めそめそしないよ。弱音も吐かないよ。

自分のことは自分でやるよ。

女に生まれたら我慢しなきゃいけないよね。

女みたいに、わがままで気分屋でグズグズ言うのは愛されないから。

まだ残っていたんだなぁ。

どんな人生だよ。

お父さんにそのまま愛されたかったよなぁ。うんうん。

目の前の相手が何気なく言った一言。

相手にはそんな意図はないけれど、

確かに私が言わせた一言。

気がつかせてくれたから、

あとはどっちを選ぶかだよね。

「母親だから」

無意識に日常の中に散りばめられてる言い訳を、

かき集めてお空に返していこう。

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