数秘6は愛の人?自分の中の違和感と罪悪感

こんにちは。

バリ島在住たいわ士、ふるせいくえです。

突然ですが、皆さん数秘術って知っていますか?

生年月日やアルファベットを数字に変換したものを足して、

その人の特性を見るものです。

私は昔から占いが大好きで、

子どもの頃は血液型占いから始まり(懐かしい!)、

12星座占い、相性占い(兄弟姉妹の何番目かで占うのとかあったよね!)、

手相もなんどか見てもらったことがあるし、

占星術、マヤ暦、五行陰陽、姓名判断、動物占い、、、

目にしたものはとりあえず占ってみる!

というタイプの人間です。

その中で、数秘術がなんかこうずっと引っかかるものがあるんですよ。

私はライフパスナンバーが6。

6というのは愛情、母性、奉仕がテーマ、

人のために尽くしたい母親のような人なんだそうです。

それを私は基本の部分に持っていましてですね。。。

こんなにもブログで、

「子育てメンドクセー!」

とか言っちゃってる私なのにですよ。笑

しかもしかもです。

数秘にはいろいろ数字があって、

その中の未来数がまたまた6だと!

未来数は克服していく数字、今世で取り組んでいくテーマだそう。

6を持ってるのに6を取り組んでいく?

しかも「子育てメンドクセー!」って言ってる私が6を?

もちろん家族をめちゃくちゃ愛して大事にしたい!

という思いはあるんです。

でもなんか違うなー。

一体なんなんだよこれー。

と、最近の私は気になって仕方がない。

そんな私の中の数秘6について掘り下げてみようと思います。

昔は寂しい思いをした過去から、

「愛のある家庭を築きたい」という夢がありました。

学校から帰ってきたらお母さんが「おかえり」って迎えてくれる。

週末は家族みんなで遊びにいく。

晩ごはんは手作りのあったかいものをみんなで食べる。

で、娘が生まれてからはこれを形にしようと必死だった自分がいました。

実際は「子育てメンドクセー!」って心の底で叫んでいたわけですから、

理想の母親像、理想の家庭像を作ろうと必死ですよ。

嫌いだけど頑張る。で、疲れる。そして不機嫌。

私の気持ちを汲んでくれない家族に八つ当たり。ムカつく。

もちろん今もあったかいご飯をみんなで一緒に食べる方が好きだし、

お迎えの時に嬉しそうに駆けてくる姿を見ると幸せだなぁと思います。

でもそれだけじゃちょっと違う。

バリに来て何が変わったかって、

ひたすら自分の気持ちを大切にしてきたってこと。

今までは自分を犠牲にして家族のためにやってきたのを、

家族は今一度置いておいて、自分の気持ちに従ってみる。

そうしたら、すごく楽なんだけど、

同時にものすごい罪悪感も襲ってくるんですね。

家族優先にせずに自分優先にするなんてひどい。

これじゃ家族を大切にできてない。

そんな自分は最低。

おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!

まぁそれでも続けていくとですね、

見えてきましたよ、私の中の家族の愛し方が。

この記事でも書いたけれど、

満月で気がついた、ずっと捨てたかったもの

根本にあるのはチーム古瀬のメンバーが、笑

それぞれの進む道に向かって胸はってチャレンジしていける。

そんなエネルギーを蓄える場としての家庭であり、

それを支え応援しあう仲間としての家族、なんだなー。

だから、

最初のあったかいご飯をみんなで食べたいってのは、

外で戦ってきた体を休めて、寛いで、

また明日飛び出していくエネルギーを養ってほしいという思いだし、

家という場所が戦わなくてもいい場所、

100%気を抜いていても大丈夫な場所になって欲しい。

けれど基本思想として「私もあなたも全てが対等」があって、

家族のメンバーに自分の人生を生きていない人がいること、

家族の誰かのために自分を犠牲にしている人がいること、

が、たまらなく嫌だ!!!!という思いがある。

素敵なお母さんになりたい自分がいて、

素敵なお母さんになれない自分を責め、

自分のことも大事にしてあげたいと思いながら、

自分のことを先に大事にする自分を責める。

↑ここの矛盾でかなり苦しんでいたのですね。

あら〜。

根っこはどっちも同じではないか!

今一度「母親の役割」をニュートラルにする時が来たんだな。

結局は今までの「母親像」って私が母親に求めてきたこと。

でも私が表現し体現する母親像ってのは私のものでしかないし、

私が勝手に作り出してもいいんだなぁ!!!

それが未来数6の意味なのかなぁ?

なんてことを感じています。

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