母と娘が難しい理由 女性という生き物

こんにちは。

バリ島在住たいわ士、ふるせいくえです。

腎臓とのたいわで、

母の感情や思い込みが私に受け継がれている話をしました。

先祖から継承する臓器 右の腎臓とたいわしてみた

先祖から継承する臓器 左の腎臓とたいわしてみた

私の母は、私が3歳になってすぐに他界しています。

卵巣癌を発見した時にはすでに末期で、

闘病生活もそんなに長くはなかったとは思いますが、

私が母と一緒に暮らしていたのはおそらく3年も満たないはず。

私の中に母の記憶はあるかというと、

実は全くない、と言っても過言ではないほど。

たった一つ記憶に残っているのは、

姉妹喧嘩をしていて、

あまりのうるささに母が怒りお尻をひっぱたかれる記憶。。。

もちろん私は母に対して後ろ向き(正確には四つん這い)でしたから、

母の顔はその記憶の中にはありません。

そう、私の中にある母の記憶は遺影の中の白黒の姿だけなのです。

そんな私でさえ、

母が生きてきた中で感じたものや、

自分で決めた思い込みに影響され今を生きているという事実。

それはもう恐怖以外の何者でもありません!

こんなにも色濃く人生に影響を与える母という存在。

でもそれって、男性よりも女性の方が圧倒的に多いですよね。

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昔とあるセミナーで男女の違いについて聞きました。

男は狩猟に出かけて獲物(食料)を獲る。

その時に男同士は同じ目標に向かって一致団結する。

時には怖い思いもするだろうけれど、

それでも次の日もまた狩りに出られるのは忘れるという本能のおかげ、と。

つまり男子は、

同じ目標を見つければ誰でも仲間になれて、

どんなこともすぐに忘れる生き物。笑

何度言っても繰り返す、

何度言っても理解しない、

バカなことにばっか全力で一致団結する、、、

それって本能なんですねw

(基本、意味のないことに全力投球)

女はというと、

女、子どもで群れをなし、

互いに助け合いながら家を守り、共に子育てをしていた。

なのでコミュニケーションが円滑にできないと、

その群れから追い出されてしまうという危険が常にあるので、

会話力や気が付く力、協調性などが発達しているんだとか。

それってもう、そのまんまママ友の世界ですね!

学生時代のグループなんかもそのまんまですね!

これってもう本能なんですね!!!

(女子の遊び方はまったく違うよね)

今、男の子と女の子を育てていて実感するのは、

まさにこの男女の違いでして。

娘だけを育てていた時にはあまり感じなかったんですけど、

息子が生まれて、大きくなるにつれ、

もう私の中では確信に近いものを感じています。

それは、

男子は自分と他人の境界線がはっきりと存在し、

女子はお互いが重なり合いながら存在する。

息子はギューさせてと言うと、させてはくれるものの、

終わったら「もういい」と払いのけられます。。。

お世話を焼きすぎたり、彼の空間に入り込もうとすると、

「あっち行って」「もう大丈夫」「一人でやる」

とハッキリと線を引いてきます。

(こういうのも絶対に人に手出しさせない)

もしもこれが娘だったら?

ギューさせてと言えば、自分がどうかというよりも、

「ママがそうしたいんだな」って私が止めるまでさせてくれるし、

お世話を焼かれてくれ、空間に入れてくれる。

逆に娘の方からも私や弟の空間にズケズケと入ってくることも多く、

だいたいは弟に嫌がられ、娘はそれにイライラし、喧嘩勃発していますが。。。

女性というのは基本的に「受け入れる性」なので、

母と娘の関係では互いの要求を受け入れすぎて、

そして受け入れてくれるからこそ要求しすぎて、

その繋がりが深く複雑になっているのかもしれませんね。

共依存がデフォルトの女性の世界。

そこから互いに自立をして、自立したもの同士の助け合いの世界へ。

だからこそ、

思春期に母を心の底から嫌うことが大切だと、私は思います。

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