海外に出て1年 英語は話せるようになったのか

バリにやって来て、もうすぐ1年。

中学校1年生レベルの英語力で、

喋れるとはお世辞にも言えない状態での海外生活。

ネットなどを見ると、

「1年もいれば話せるようになる」と書いていたりしますが、

実際私の英語力はどう変化していったのか。

今日はそんな話を。

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こっちに来てすぐの頃、

「間違ったら恥ずかしい」という思いが占めていた私の頭の中は、

子どもを2人連れての生活の中で、

「生きていくためには伝えなくてはいけない」

という状況に追い込まれました。

文法などすっかり忘れているし、

(そもそも英語なんて苦手な教科だった)

動詞の過去形が出てこないとか、

助詞の使い方も全然わからない状態。

でもとりあえず、知ってる単語を羅列して、

身振り手振りで伝えるという原始的なコミュニケーション方法でした。

最初は抵抗がありました。

周りの欧米人に日本人って英語下手だよなって思われてないかなとか、

日本人に見られたら恥ずかしいーとか、

そんな気持ちがあったから。

それが吹き飛んだのは、息子の言語取得の様子を見てから。

(1年前はこんなに小さかった)

日本語の場合もそうですが、

赤ちゃんが言葉を喋られるようになるのって、

単語と指差しから始まり、

「ブーブーあった」などの二語文、三語文へと変化します。

「青い椅子」を「椅子の青」っていうし、

なんかもうそういうことだな!と。

そしてもう一つ大きな発見が、

子どもの言葉の出方は、英語のそれと同じだということ。

例えば「ブーブーあった」だと「Car is」なんですね。

必ず主語+動詞が最初に来るんです。

「ブーブー青い」だと「Car is blue」。

だから私も小さな子どものように喋ろう!って思ったんです。

子どものように、単語をつなげて、簡単な文章で。

それを大人の私は恥ずかしいと思っていたけど、

英語では普通のことだったって気がついたんです。

そうするとですね、何が起こるかというと、

自分がいったい何を考えているのか?

っていうことを見つめることになるんですね。

例えば

「できれば息子に甘いおやつを与えないでほしい」

と思っているとして、

それを英語で伝えようとしたらあなたはどう言いますか?

まず「できれば」でつまずきますよね。

「与えないでほしい」ってどう表現するの?

で、これを細かく見つめていくわけです。

「私は嫌だ」「息子が甘いおやつを食べることが」

「どうかおやつをあげないで」

なんですね。私の思いって。

だから、

“I don’t like” から始まるとわかる。

何が?

“He eat the snack” “so sweet snack” です。

(動詞の変化は気にしないでね)

だから、

“Please don’t give him sweet snacks” になります。

(細かいところは気にしない)

英語的には一番最初に”Please~”がきてから、

理由を添える方がスマートですが、

日本人の私たちには最初からその思考にはなりづらいです。

だから自分の想いを伝える。とにかく伝える。

そこから始めていけばいいと思います。

それを繰り返していくうちに、

「だから私はどうしたいの?」が見えるのが早くなってきます。

そうなった時に”Please~”から喋ればいい。

日本語は、理由や状況を多く説明し、

だからどう思っているのかは相手が察するという文化。

なので自分自身でも自分の中心の思いが見えなくなりやすいのですね。

英語はただのコミュニケーションツールとしてだけではなく、

自分の心を知るためにも大きな力を発揮してくれます。

日本人が英語を取得していく時に一番最初にぶつかる壁は、

この「回りくどい表現をする脳みそのプログラム変更」じゃないかと思います。

はーほんと日本人の脳みそはマイノリティだな。

世界に出ると痛感します。

続きは実際にどんな風に英語と付き合っていったかについてを書きますね。

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