ファッションを楽しむってなんだろう?バリ人の生きたお金の使い方とセカンドマーケットから見える日本の姿

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先日ホストファミリーが、

セカンドマーケットに行っていました。

いろんな国からリサイクル衣料が集まる、

ユーズドウエアのマーケットです。

コミンは日本と韓国の製品のデザインが好みで、

日本製は作りがしっかりしているから好きと言っていました。

「日本では着ない洋服はどうするの?」

「着なくなったら売るの?」

「捨てるときにお金はかかるの?」

そう聞かれて、

そういえばそういうことを改めて考えたことなかったなーって。

「リサイクルショップに売ったり、

お下がりで誰かにあげたり、あとは捨ててしまう」

と答えました。

答えながら、妙な違和感を感じていました。

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洋服ってなんだろう。

何のためにあるのかな。

漠然とそんなことを考えていました。

バリは年中暑いというのもあるけれど、

季節によって着るものが変わるわけでもないから

日本のようにあれこれ買いそろえる必要がない。

でも、あれ?

そういえば「流行り」とかって、

こっちに来てから全然気にしなくなったな。

これは一体どういうことだ?

毎年流行りのスタイルが発表されて、

その年を象徴するようなアイテムがあって。

トレンドアイテムを取り入れないとダサく見えたり、

1年たったらそれが古くなったり。

日本にいたらそういうもんだと思っていたけれど、

まだまだ綺麗なお洋服でも、

十分着れるお洋服でも、

流行りを過ぎれば役目を終える。

なんて愚かなことしてるんだろう。

なんて自分のない生き方をしてるんだろう。

流行りという誰かが作ったものに翻弄されて、

どんどん消費していく。

自分がないってこういうことか。

こっちに来て流行を気にしなくなったのは、

「自分」というスタイルを持つようになったから。

何が好きで、

何を着たくて、

何に囲まれて生活をしたいのか。

周りの意見や、流行、第三者の目、

そういうものに振り回されない世界。

そういう場所に生きている人たちが、

実は世界の大半を占めているんじゃないかと思う。

19の時にパリのメトロで出会った老婦人の、

シンプルな黒のワンピースに、

さらりと羽織ったエルメスのスカーフ。

その姿が当時の私には衝撃的だったんだ。

自分に似合うもの、長く大切にしたいものを、

流行りや他人のスタイルに関係なく選び、

自分という個をどうやって表現するのか。

あの時、私の理想の姿を見つけた。

バリでは生まれた時から土に還るまで、

様々な儀式があり、その度に多くのお金を使う。

お家のお寺のセレモニーには、

一回に100万円以上かかることも。

バリの人にとっての100万円がいったいどれほどに大金なのか。

それでもコミンが言った言葉に私は衝撃を受けました。

「とっても大きなお金だけど、

自分のお寺で無事にセレモニーができて、

終わった時には幸せでピースフルな気持ちになるの」

私はどんなお金の使い方をしてきただろう。

私はお金にどんなエネルギーを載せていただろう。

なぜか今までの自分のお金の使い方を恥じていました。

誰かが作った流行に翻弄され、

多くの洋服を消費させられ、

流行の変化とともに用無しになった洋服が、

東南アジアの小さな島で売られてる。

この事実。

私にはまだ消化しきれない。

あなたはどう思いますか?

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