ドタバタ一時帰国の旅 こころ大揺れスッタモンダの旅3

一見、

ひどい親だ!

不幸だ!

そう見える我が家のスタイル。

だって、

資産である車もマンションも手放す→貧乏、不幸

新築マンションから狭いアパートに引っ越す→貧乏、不幸

父子家庭→貧乏、寂しい、不幸

母と息子でバリ→自分たちだけ楽しむバカ親

っていう世間一般でのイメージってありますもんねぇ。苦笑

(えぇ、バカ親ですよ、はいはい。自虐)

外部の人間がパッと外から見ただけではわからないドラマが、皆それぞれにあるんですよ。

これは誰でも。例外なくね。

だから、ちょっとの情報を聞きかじっただけであれこれ言うのが私は心底嫌いです。

(芸能人のゴシップとかも同じ)

もちろん母がいなくて寂しい時もあったろうし、側にいてほしいなぁと思う時だってあるでしょう。

夫だってつらいなぁ、大変だなぁと思う時もあったとおもう。

だからと言って「そういう状況を作ってはいけない」とはイコールにはならないと思う。

重要なのは「何のために」。

私は家族4人が笑顔で、安心して、食べたいもの食べて、

自分の可能性を世界に見て暮らしたい。

そのための今だ。

放射能から子どもたちの体を守るための今だ。

けれど現実的に、お金がなきゃ生きていけない。

夫が仕事をやめてピューンと飛んできてしまっては、

1年で家族4人の海外生活など終了してしまう。

だからこそ、日本に残り今後の生活を見据えて準備を進めてくれている。

今家族が離れ離れになっているのは、未来の幸せのためなんだ。

あと、ここ忘れて欲しくないのだけれど、娘が日本に戻ったのは彼女の意思。

その意志による体験の中で、どんな感情を抱き、どんな経験を味わうかは彼女のもの。

悲しむ権利も、後悔する権利も、悩む権利も、はたまた楽しむ権利も、

すべてを奪っちゃいけないと私は思っている。

(もちろんヘルプは見逃さず、そしてその時には最大限の手助けをする覚悟はしている)

一連の騒動で、私の中に眠っていた深い悲しみも浮上してきた。

「いつもいつでも、私はみんなの幸せを願い、みんなのために考え行動しているのに、表面上ではそれがとっても分かりづらく、ともすれば自分勝手な行動のようにも見られて批判される」

という長年の傷がね。

愛情って、あったかいだけじゃない。柔らかいだけじゃない。

厳しい愛も、突き放す愛も、放っておく愛もある。

それを理解されず、表面上だけを見てそんなことをするお前は最低だ、とジャッジされるのが悔しかった。

今回、夫だけは理解してくれた。やっと理解してくれる人がいたんだ。

そうしたら、その傷がすーっと溶けていった。

だからそれでいい。

私たち夫婦がわかっていればそれでいい。

外野なんて、一面だけを見て、解釈したいように解釈し、好き勝手にジャッジメントをするんだ。

ただ、父子家庭で育った私にとって、娘を日本に残していくことだけは罪悪感があったのも事実。

けれどある出来事をきっかけにそれも消えていったのでした。それについては次に改めて。

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