子どもの泣きとイヤイヤと叫び声

2歳半の息子。

俗に言うイヤイヤ期というものです。

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(そして絶賛変顔ブームです)

ですが、

親の目から見ても、

かなりイヤイヤがおとなしい方だと思います。

それは、

妊娠期から、

「たいわ」を通じて、

コミュニケーションがしっかりとれていたから。

乳児期に、

自分の想いを、

こぼさずにママに理解してもらえたという、

安心感、信頼感、自分への肯定感からではないか、

そう思います。

それでも大きくなった今、

「ルール」として、

想いとは別に、想いをひとまず置いておいて、

という状況もある。

そうすると、

まるでイヤイヤの子どもそのままに、

泣いて、叫んで、想いを押し通そうとする。

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当初私は、このキーキーと泣き叫ぶのがイヤでイヤでたまらなかった。

こうなると私の声など全く届かない。

どんなに説明しても、お願いしても、

息子は同じことを繰り返し叫び続けるだけ。

「私の言うことを聞いてくれない」

「感情的になって一方的に意見を押し付けられる」

この2つが私の心をざわつかせる要因だと気がついた。

それはやっぱり私の子どもの頃の経験が根底にある。

私はただ自分の気持ちを、願いを言っただけなのに、

周りからは「わがまま」「自分勝手」というレッテルを貼られる。

そしてすぐに私の意見は払いのけられ、

話し合いの土俵にすら乗せてもらえなかった。

そんなことが、本当に日常茶飯事だった。

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そこで気がついたんだ。

息子が今、こうやってキーキー泣き叫んだり、

人の話を聞く余地もないほどに主張するのは、

決してわがままで言っているわけではなくて、

単なる「想い」を発信しているだけにすぎない、と。

ある日の夜、

「ママ、歯磨きしたいんですけどー」

と言ったら、

「ぼく、おっぱい飲みたいんでしゅけどー」

って言われたことがある。

その時の私は、

自分でも驚くほどに、

「そっか、わかったよー」

と素直に彼の想いを汲むことができた。

感情的にならず、

建設的に想いを伝え合って歩み寄るという、

当たり前のコミュニケーションがそこにはあった。

冷静にこういうことができる息子が、

キーキーと感情的になってしまう時があるのは、

一体どういうことなのだろう。

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「今主張している以外に、言葉にならないもう一つの想いを伝えたい」

ということなのだろうと私は思う。

例えばそれは、

私が幼い頃に感じていたように、

「私の想いを無視して、そっちの想いを押し付けないで」

ということも含めて。

私たちは意外と気がついていないけど、

子どもに対して1択、もしくは2択しか提示していないことが多い。

しかもそこの中には、

子どもの主張する選択肢は入っていない。

これをするか、何もしないか。

これを食べるか、食べないなら何もあたらない。

こっちを買うか、もしくは何も買わないで帰る。

冷静に考えれば、

それってとってもひどい扱いだとわかる。

子どもの思いを全て組む必要などない。

だからと言ってすぐに子どもが状況を理解して我慢ができるようになるわけでもない。

「わかるけど、やりたい」

その相反する思いの中で十分に揺れ動く時間が、

受け入れるという心の器を作り上げる、

大事な大事な時間なのかもしれない。

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