子どもと私、わたしと私

前回アップしたこの記事。

初期設定のアップデート

これについての補足を。

初期設定は、まるで私と子どもとの関係性のようだけれど、

どうして子どもによって違いが出るのか。

それはその時の自分自身が違うからというところまでは説明しました。

じゃあ、その違いはどこから来るのか?

それはズバリ自分自身との信頼関係ではないかと思うのです。

つまり、自己信頼、自己受容、自己肯定。

子どもたちとの関係性、こう書きました。

***

だから、長女の子育てはいつまでも大変で、

いっぱい手をかけなきゃいけなくて、

心のケアをしないと傷をつけてしまって、

私は常に母親として学び続けていかなくてはいけない、

のだ。

一方息子の場合、

コミュニケーションがスムースにできて、

体の発達について理解しているから成長をみまもれて、

多少の失敗くらいはどうってことなくて、

彼自身が道を選択する力を持っていると信じていられる、

のです。

***

これは私が私自身とどういう関係でいるのかとイコール。

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娘を出産した27歳の私は、それはそれはインナーチャイルドだらけ、

自己肯定感は猛烈に低く、努力しないと価値がない、認められないと思い込んでいました。

そして息子を出産した34歳の私は、

自分の心の声を聴き、心の仕組みもわかり、

失敗に見えることも成功へ向かうための大切なプロセスだとわかり、

そんな自分を信じることができていました。

だから、成長した私が今の自分に見合った設定で過ごしているとき(息子のママの時)はいいのだけれど、

古い設定(娘のママ)で今現在の私が過ごすとき、違和感とともに日常の中に不都合が生じているんじゃないかと。

それは心の声という人もいるし、肚の声という人もいるし、

中の人、子宮の声、潜在意識、、、

色々表現方法はあれども、とにかく、今の私からのメッセージな訳で。

相手は我が子だけれど、向き合うのは自分自身。

その自分の成長をいつまでも気がつかないから、

「私はもうあのときの私じゃなーい!」って言っている。

あの頃、頑張ったよね。1人でよく乗り越えたよね。

あの努力があったから今があるんだよ。

あなたの存在は決して消えないし、なくならない。

でも今もまだそうある必要はないんだよ。

あなたに沢山気づかせてもらえたし、助けてもらった。

あのときの私の努力、苦労、悲しみ、寂しさ、すべて。

当たり前だと思い込んで頑張ってきた人はなおさら。

「あのときの努力をもっともっと労ってよ!」

「どんだけ苦労したと思ってんのよ!」

「これくらいやって当然って思いながらじゃないと潰れるくらい苦しかったのよ!」

っていう想いが奥底に残ってる。

私の経験上、これをしっかり感じないとアップデートは困難。

出しても出してもまだ出てくる。

1人で抱え込む、頑張り屋さんのあなたは特に。

私の努力を一番わかって欲しいのは、実は私自身なんです。

だから子どもへの言葉は、私への言葉。

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